Feb 04, 2010

電話代行を避けるために

職場での電話相手に"さっき申し上げダムジマン、名前を控えるのを忘れてしまって"と言って、結局、自分が電話代行で用件を聞いて処理しなければならない場合があります。これらの不要な電話代行を避けるために必要なことは、可能な限り席をはずすことなく分離して時間を短縮いつ電話がかかってきても不思議ではない案件を常に把握し、意識すること、のようなものが必要だと思います。
なんといってもおすすめのアルバイト、パートはコールセンターです。コー​​ルセンターの顧客などからの電話を受けたり、電話をゴルゴたりするのが仕事ですが、きちんと事前教育が安心して働くことができるでしょう。大抵の場合、1時間ごとに休憩があります。時給も高いです。大規模な交代勤務の場合が多いので、休日も持ってやすいと思います。
 JR西日本は11日、大津市の湖西線近江舞子駅で同日朝、折り返しのため停車していた京都行き普通電車(8両)で、ホームと反対側の扉計24枚が約3秒間、開くミスがあったと発表した。

 車内には乗客約10人がいたが、転落した人やけが人はいないという。

 運転士が機器操作を誤ったのが原因で、同社は「扉を過って開いた側にも線路があり、最悪の場合、乗客が転落し、列車にはねられる危険性があった。乗務員教育を徹底したい」としている。

 東京電力は11日午前、福島第1原子力発電所事故の賠償支援をめぐり政府から示された国の経営監視など6条件について協議し、条件を受け入れることを決定し、同日発表した。これを受け、政府は賠償を管理する新機構の設立を柱とした支援の枠組みを週内にも決定する見通し。

[フォト]「賠償上限なし」で東電・電気料金どうなる?

 6条件には、東電にリストラ強化を求めるほか、賠償総額にはあらかじめ上限を設けないこと、政府が新たに設置する第三者委員会による経営・財務の調査−などが盛り込まれている。

 東電は、支援枠組み決定を受け来週後半にも賠償や原発事故対応の費用、損失を計上した平成23年3月期決算を発表する。

 賠償に必要な額は数兆円にのぼる見通しで、東電は単独では支払いきれず電力の安定供給にも支障を来すとして、国による支援を要請していた。


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 西日本各地は11日、雨となり、日本海側では前日から強く降った。

 気象庁によると、同日までの24時間雨量の最大値(午後0時20分現在)は、島根県出雲市169ミリ、松江市128・5ミリ、鳥取県境港市130ミリ、滋賀県米原市120ミリなど、いずれも5月の観測史上最大となった。

 松江市西川津町では、同日午前2時50分頃、飲食業岸本慎司さん(29)方の裏山が高さ約10メートル、幅約10メートルにわたって崩れ、木造2階建ての住宅1階風呂場に土砂が流れ込んだ。

 松江署によると、岸本さん方は2人暮らしで、当時は外出しており、けが人はなかった。隣のアパートの3世帯11人が近くの公民館などに避難した。

 出雲市では川があふれ、国道431号の約500メートルや一畑電鉄の線路が冠水。電車が一時運休した。

 東日本大震災の大津波で中心部の商店・飲食店街が大きな被害を受けた岩手県釜石市で、がれきを撤去した一角に商店街連合会のプレハブ仮設事務所が建った。「この地でやり直したい」と日々、店主らが集う。ただ、浸水地域の復興方針は定まっておらず、望みがかなう見通しは立たない。震災から11日で2カ月。復興への希望と先行きへの不安とのはざまで、店主の思いは揺れる。

 真新しい電柱から伸びた万国旗がはためく下、津波にのみ込まれた店舗跡に4月末「釜石東部地区あきんど連合会」仮設事務所ができた。計約150店が加わる▽大渡町▽大町▽只越町▽浜町−−の4商店街(会)の拠点だ。小田島圭司会長は「商店街の復興は亡くなった仲間への弔いであり、私たちの責務」と語る。

 事務所に出入りする店主の一人、婦人服店経営の寺田伸之さん(58)。津波は木造2階建て店舗のシャッターを突き破り、店内をかき回した。

 生まれ育った沿岸部に店を構えて約30年。高齢化や空洞化が進む商店街での経営は楽ではないが、隣の大槌町から足を運んでくれる常連客もいた。「海と山に囲まれたここが好きだ。この場所でもう一回、やっぺしよ」

 同じ気持ちの店主は多い。自宅1階の店舗が浸水した米販売業の佐々木東一さん(65)は「暗い街に明かりを」と4月6日にいち早く営業を再開した。

 再開時の混乱で誤って高値で販売してしまい、差額の返金を申し出たとき、常連の女性客はこう言って断った。「私は、あなたの心意気を買ってるの」。早期再開は間違っていない、と実感した。

 一方、石材店主の近野勝美さん(71)は廃業を決めた。床に横倒しになった掘削機など大型機3台を指さし「買い替えれば200万円じゃきかね」とこぼす。80年続く店の3代目。だが後継者はいない。「この年齢だし、もういい」。すでに職を求めて市を離れた40代の若手店主もいる。

 前に進むか、退くか。浸水被害地域では、居住・営業が禁じられる可能性があるのも悩ましい。寺田さんのもどかしさが募る。おしゃれを楽しむ余裕がいつ、街に戻るのかも不安だ。「ここでやるって決めた。でも、本当にできるんだか。気持ちは毎日、揺れるもんだから」「意地見せたいよな」。自分に言い聞かせるように、寺田さんは言った。【喜浦遊】

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